甲状腺癌(こうじょうせんがん)を克服した男の記録

倒れるの話しです


倒れる

僕が倒れたのは19歳のころです。

そのころは東京で、いわゆるフリーターだったのですが、給料が月に14万円程度で生活していました。住まいは、埼玉でロフトつきのアパートに住んでいました。家賃が5.5万円です。

僕は、アルバイトから帰ってきて、食事を食べたのですが、その日はビールとカレーとピーナッツを食べたんです。 お金もなかったし、自炊といってもゴハンを炊いて、レトルトのハンバーグやインスタントラーメンばかり食べていました。

そして、食事を終え一時すると胸が苦しくなってきたんです。動悸のような感じでした。はじめは、「ん・・・苦しいな」ぐらいだったんですが、そのうち吐き気ももよおし、「食中毒か・・・」と思ったんです。だから胸の苦しみもガマンすれば、そのうち治まるかと思ったのですが・・・ 一向におさまる気配はなく、それどころかひどくなるばかりです。

心臓が本当に苦しくて、このままでは死ぬんじゃないかと思うぐらい胸が苦しくなってきました。

誰かに助けを求めようにも単身で東京にフリーターで出てきた身分です。 家に電話もなく、もちろんその頃に携帯電話なんてあるはずもないわけで・・・ もぉ、苦しみもだえて、誰でもいいから助けてくれって状態です。

そのときは、親の顔が浮かびました。 本当にこのままでは死ぬなって限界のとこまできたので外にある公衆電話で救急車を呼びました。

救急車が来るまで公衆電話のそばで、うずくまり待つこと数分で救急車が到着。 救急隊員に乗せられ病院へ。

車の中では、血圧を測られたりしたと思います。(まさか救急車に自分がお世話になうるなんて思ってもいなかったです。) 到着した病院は、三愛病院という総合病院で、即入院させられることになりました。

その日は、一晩中ゲーゲー吐いてました・・・。

あとで聞いた話では、血圧が上が180近くあったらしいです。下は忘れてしまいましたが、もう少し遅れていたら死んでいたかもと言われました。

この日が1988年の11月30日です。